自由発表(発表要旨):2026年度日本近代文学会関西支部春季大会

 

夏目漱石「一夜」の方法 
――「春鳥集合評」を視座に――
樋口 希

夏目漱石「一夜」(『中央公論』明治三八・九)の研究史は、登場人物の「人生」をくみとり、作品の実験性を議論することで、剣菱「芸苑時評」(『読売新聞』同・九・七)、中島孤島「片々録」(『早稲田学報』同・一〇)の「分らず」という批評に応答してきた。だが、その評言の内容自体は充分に検討されていない。そこでは本作が、上田敏ほか「春鳥集合評」(『明星』同・九)を仲立に、日本初の象徴詩集とされた蒲原有明『春鳥集』(本郷書院、同・七)と結ばれていたのである。「自序」にて「詩形の研究」を強調する『春鳥集』との接点は、本作の実験性を同時代的に意味づける際、重要な補助線となる。
本発表はこの問題意識から、まず『春鳥集』をめぐる言説空間に「春鳥集合評」を位置づけ、そこから「一夜」の実験性を捉え返す。当の合評は、詩の内容が象徴する詩想の解釈を重視する立場から批判された一方、「詩形の研究」を正しく指摘する。合評で言われた、活字の配列を音読から切離する「詩形」は、発話者を不明瞭に示す「一夜」の表現形式と重なる。しかも、作品を「書いた」という末尾の反復は、文字を読む場として読者を構築する。本作では、言葉の意味内容を統合すべき声の主体から読者を隔離する形式により、「人生」の内容でなく、それとの対峙が読書体験として表現されているのだと考えられる。本発表は、このような「一夜」の方法が、内容にばかり固執していた当時の言説空間を相対化していたと結論する。

芥川龍之介「大導寺信輔の半生」論
――読書遍歴と回想行為にみる語りの戦略――
王 青

芥川龍之介「大導寺信輔の半生」(「中央公論」一九二五・一)は三十歳を過ぎた大導寺信輔が、断片的に過去を回想する形式で展開される。〈自伝〉とは距離を置きつつ、〈自伝的小説〉としての虚構性が論じられてきたほか、「典型的近代知識人の形成を語った自画像」(奥野久美子、二〇一四・七)としても位置づけられてきた。一方で、作中で言及される書物・作品名・概念語が回想の配列や自己像の構成において果たす機能は、なお十分に検討されていない。
作中の書物や概念語は、単なる衒学的要素としてのみではなく、回想を配列し自己像を組み立てるための叙述上の装置として捉えうる。とりわけ、自筆原稿と初出とのあいだには、「貴族の家」を「猟人日記」に改める、「ヘツダを」を「ユウディットを」に改めたのち削除する、「純粋持続」を「創造的進化」に改めるなどの異同が見られる。こうした取捨選択は、芥川自身の読書経験との照応を示すとともに、回想形式のもとで作品を構成するために選び取られた叙述上の手法としても検討できる。
本発表では「大導寺信輔の半生」で言及される書物・作品名・概念語を章ごとに整理し、回想行為との結びつきを具体的に追跡する。あわせて、原稿と初出の異同点を手がかりに、読書遍歴の提示と概念語の選択が作品全体の自己像構築に果たす役割を明らかにし、語りの戦略を再検討する。

久山秀子「隼お秀」シリーズと女性表象
──ひろ子とタミノの女性意識を中心に──
阿部 有希

久山秀子は、おもに『新青年』上で活躍していた探偵小説作家の一人である。代表作は「隼お秀」シリーズという女掏摸・お秀が主人公兼語り手の探偵小説シリーズであり、久山秀子=お秀の「自叙伝(じつわ)」の体をとっている。しかし、久山は本名を芳村升(改名前は片山升)という男性であった。
久山の作品の研究は現代までほとんどなされていない。久山が戦前に「隼お秀」シリーズに幕を引いたことなどから、探偵小説ジャンルの研究対象として特段注目されてこなかったと考えられる。
しかし掲載当時は久山の作品は人気を博しており、映画化もされた。女性の存在感が希薄であるという言説が見られる戦前の探偵小説の中で「例外的に自立した」女性でありながらも、文学に表象される宿命として「記号化された「女性」」でもあるお秀は、特異な存在であったといえよう。そんな彼女が作品内にどのように立ち現れるかという点を改めて分析することは、女性性やジェンダーの問題を再考する契機にもなると考える。
「隼お秀」シリーズでは、小説の設定が映画で改変され、それを受けて小説の設定も映画に寄せる、所謂「逆輸入」と呼ばれるメディアミックスの先駆けのような要素が見られる。それはお秀の恋の様子などに顕著に見られ、大正期に流行したモダン・ガールや、女学生同士の親密な関係を表すエスなどの要素と深く関係していることが指摘できる。
本研究では、「隼お秀」シリーズやその周辺を分析することで、探偵小説というジャンルにおける文化表象や女性表象の生成と変容を明らかにし、大正期のメディア文化における女性へのまなざしを考察したい。その上で、久山秀子という作家の特異性と研究を進めていく意義を提起することを試みる。

江戸川乱歩「孤島の鬼」に登場する岩屋島のモデルについて
宮本 和歌子

江戸川乱歩が昭和4年(1929)から昭和5年(1930)にかけて雑誌『朝日』誌上に連載した「孤島の鬼」では、岩屋島という紀州の離れ島を舞台に主人公の青年と年長の友人・諸戸の冒険が繰り広げられる。岩屋島は諸戸の実家がある故郷という設定で、作中では位置について紀州という説明が多く、一か所のみ和歌山という表現がなされ、紀州の南端のKという漁港から船で西へ行った浜辺から一里沖に浮かぶ島と説明されている。Kという中継ぎ港については、紀伊半島南端付近にある串本や古座を連想させるという指摘がある。
しかし、Kから西へ行った場所にあるという岩屋島へ行くため、主人公たちは東京から鳥羽までは鉄道を利用している。この場合、京都や大阪へ至る東海道線を用いて名古屋で下車し鳥羽へ至ることになるが、鳥羽からは船を利用して岩屋島へたどり着いている。Kが串本や古座であるとすると、鳥羽経由ではなく鉄道で大阪まで出て南海鉄道で和歌山へ行き、和歌山から船で到達した方がはるかに利便性が高い。作中で確かに和歌山県と書かれている場所があるといえ、前述の到達経路の点、鳥羽という固有名詞を挙げておきながら岩屋島への中継地をKとイニシャルにしている点から、岩屋島は和歌山県に実在する場所というより、紀伊半島のどこかを想起させる架空の島ととらえた方がよいのではないか。
これを踏まえて紀伊半島沿岸を探すと、海賊の根城となっていた、波に削られた洞窟がある、牛の寝たような岬が見えるという岩屋島の特徴に一致する、船でないと到達できない奇勝を旧紀伊国内に発見できる。鳥羽からのアクセスや同地の伝説を検証し、紀州の端にあるという設定の岩屋島のモデルが同地ではないかとして検証を行う。

 

北原白秋「海道東征」論 
――不透明なメディウムの〈声〉を聴くこと
川上 優芽

北原白秋の「海道東征」は、皇紀二千六百年記念奉祝芸能祭のため、日本文化中央聯盟の委嘱によって1939年に制作された。信時潔の作曲による、全八章の交響曲詩篇である。いわゆる神武東征に取材する本詩は『古事記』『日本書紀』から多く措辞を借りており、国文学者の風巻景次郎がこれに『海道東征註』(1943)を付した。白秋生前最後の詩集『新頌』(1940)に収められる本詩は末尾に「八紘《あめのした》一《ひと》つ宇《いへ》とぞ」という一行を配するように、「大《おほ》御軍《みいくさ》」を正当化する時局詩であり、風巻の註釈もその側面を補強している。
一方で、船謡調の第四章には記紀のほか『出雲国風土記』からの引用が含まれている。また、童謡を含む第五章では「国つ神」の登場に際して本詩中唯一の受動態が用いられていることに加え、「未だ確説はない」(風巻)と注釈される「足一騰宮《あしひとつあがりのみや》」の語が読まれる。
本発表ではこのような、「海道東征」中盤で用いられる位相の異なる語に注目し、白秋が1920年代の民謡論の中で持ち出した「階級語」の概念から分析する。異なる「階級語」の下に服した言葉は、「皇孫領《すめみまし》らす」という敬体の能動態をとることによって、本来は受動的位置に置かれるはずの主体が統語的に消去されるが、その主体喪失の表現もまた受動性を示していることを確認したい。語義を註釈し得ない被征服者の言葉が、〈八紘一宇〉という疎通可能なスローガンに服す過程それ自体を留めた本詩は、時局詩を「巫女の声」(鶴岡善久)とする従来の見方にも再検討を促すだろう。「海道東征」においては、いわば生活者と語彙を共有する巫女自身の声が問われている。
レコードによって流通した本作は、意味を把握し得ないために「呪術的な眩惑」(谷川俊太郎)をもたらす音としても聴かれた。「海道東征」の聴取体験は、スローガンが『風土記』の言葉を征服するという字義的な読解を裏返す形で、むしろ註釈不可能な被征服者の言葉を前景化する。本発表では、被征服者の言葉の使用こそが白秋の一貫した詩法であり、「海道東征」の中ではそれが聴取と結びつく形で実現化していることを明らかにする。

※《 》内はルビを示します(ブログ担当者)

野坂昭如『アメリカひじき』論
――「大阪ことば」を中心に――
エイムン・ニコラス デイビッド

野坂昭如の「アメリカひじき」(『別冊文藝春秋』1967年9月)は「火垂るの墓」と共に昭和42年度下半期に直木賞を受賞した作品である。受賞の際の選評では11人中7人がその文体に注目し、なかでも海音寺潮五郎は、その「独特な文体」を「大阪ことば」に結び付けていた。ところが、その後に書かれた多くの「アメリカひじき」論では「大阪ことば」が重視されてこなかった。私見ではその結果、作品の分析が不十分になっていると思われる。
作中では、ハワイで妻と息子を世話してくれたヒギンズ夫妻を三日にわたって日本に迎えた、俊夫の内面的な葛藤が描かれている。「大阪ことば」に注目した例外的な先行研究に、マイク・モラスキーの論(『占領の記憶 記憶の占領-戦後沖縄・日本とアメリカ』岩波書店2018年7月)がある。モラスキー論では占領記憶に関する対立項のひとつとして、大阪ことばが標準語との対立として捉える。本論は、物語構造のための機能だけではなく、その物語のテーマを展開させる表象的機能を担うものとして、「大阪ことば」に注目する。また、ヒギンズに接触した俊夫には敗戦と占領時代で経験した屈辱によるトラウマが再現されていると論じた五十嵐惠邦の論(『敗戦の記憶:身体・文化・物語1945-1970』中央公論新社2007年12月)を受け継ぎ、本論では、占領記憶に囚われている俊夫のトラウマによる精神現象などが、「大阪ことば」や標準語による言語的混交性にも表象されているとみる。結論としては、そのような言語的混交性が、俊夫のトラウマの「再現」ではなく、あえてそのトラウマとの向き合いの進展を表象していることを明らかにしたい。

募集(自由発表・パネル発表)の延長:2026年度日本近代文学会関西支部春季大会

日本近代文学会関西支部では、
2026年6月6日(土)に開催される春季大会の
自由発表・パネル発表の募集締切を1月15日(木)までとしておりましたが、
1月21日(水)まで延長いたします

開 催 日 :202666日(土)
会  場 :追手門学院大学総持寺キャンパス
開催形態 :会場校開催(対面、オンライン中継)
応募締切 :2026年1月21日(水)
(会場、開催形態については予定です。)
自由発表
●募集人数   若干名
●発表時間   30分程度
●応募情報   発表題目
        発表要旨(600字程度)
          ※(応募段階における)結論までを書いてください。
        氏名・所属・メールアドレス・電話番号
パネル発表
●募集数    若干数
        ※グループ内の発表者数は企画者に一任いたしますが、
        必ず関西支部会員を1名以上入れてください。
●時間枠    2時間程度
        ※質疑応答を含めた時間配分は、企画者に一任いたします。
●応募情報   発表題目
        趣旨文(1,0001,500字)
        登壇者全員の氏名・所属、発表における役割分担
            責任者のメールアドレス・電話番号

下記の住所もしくはメールアドレスまでお送りください。

【送付先】
〒604-0856 京都市中京区西ノ京壺ノ内町8-1
花園大学文学部 高橋啓太研究室内
日本近代文学会関西支部事務局
kindaikansai_@_gmail.com
( _@_ を @ に変えてお送りください)

※ご不明な点がございましたら、事務局までお問い合わせください。

募集(自由発表・パネル発表):2026年度日本近代文学会関西支部春季大会

日本近代文学会関西支部では、
2026年度日本近代文学会関西支部春季大会における
自由発表およびパネル発表を募集いたします。
支部会員のみなさまの積極的なご応募を
お待ちしております。

なお、大会発表は会員のみが行えます。
(上部にある「入退会等の案内」をご覧ください)
会員のみなさまの積極的なご応募をお待ちしております。

開 催 日 :202666日(土)
会  場 :追手門学院大学総持寺キャンパス
開催形態 :会場校開催(対面、オンライン中継)
応募締切 :2026年1月15日(水)必着
(会場、開催形態については予定です。)
自由発表
●募集人数   若干名
●発表時間   30分程度
●応募情報   発表題目
        発表要旨(600字程度)
          ※(応募段階における)結論までを書いてください。
        氏名・所属・メールアドレス・電話番号
パネル発表
●募集数    若干数
        ※グループ内の発表者数は企画者に一任いたしますが、
        必ず関西支部会員を1名以上入れてください。
●時間枠    2時間程度
        ※質疑応答を含めた時間配分は、企画者に一任いたします。
●応募情報   発表題目
        趣旨文(1,0001,500字)
        登壇者全員の氏名・所属、発表における役割分担
            責任者のメールアドレス・電話番号

下記の住所もしくはメールアドレスまでお送りください。

【送付先】
〒604-0856 京都市中京区西ノ京壺ノ内町8-1
花園大学文学部 高橋啓太研究室内
日本近代文学会関西支部事務局
kindaikansai_@_gmail.com
( _@_ を @ に変えてお送りください)

※ご不明な点がございましたら、事務局までお問い合わせください。

懇親会のご案内:2025年度日本近代文学会関西支部秋季大会

秋季大会オンライン中継は、Zoomウェビナーを用います。ご視聴のお申し込みはこちらからお願いいたします。

2025年度日本近代文学会関西支部秋季大会では、懇親会が開催されます。

皆様ふるってご参加ください。

懇親会にご参加希望の方は、下のURLより、Googleフォームにて参加申し込みをお願いします。締め切りは10月31日(金)です。

https://forms.gle/xhjdkej21zw9byGX6

新型コロナウイルスの感染状況などによって懇親会が開催できないような場合は、関西支部公式ブログに情報を載せます。

 

自由発表(発表要旨):2025年度日本近代文学会関西支部秋季大会

 

雑誌『都の花』と女子教育 
──創刊から秋月女史「許嫁の縁」掲載まで──
金杉 美咲

明治二十一年十月に、教育書籍を中心に出版していた金港堂から創刊された雑誌『都の花』は、山田美妙の起用や幸田露伴、樋口一葉らの輩出といった事績を残し、「日本初の商業文芸誌」と位置づけられながらも、『都の花』それ自体の講究は十分になされていなかった。
『都の花』は創刊前の同年六月に『教育報知』125号において「女子教育に関する「都の花」と題する雑誌をも發兌せんと準備中」と報じられ、『女学雑誌』でも同様に報じられた。その後、同年九月末に「金港堂の都の花は遂にもよう替と為り小説雑誌とか云へるに変じ」(『女学雑誌』129号)たという経緯を経て創刊に至っている。
しかし論者は、女子教育雑誌としての側面は創刊後も残ったと考え、第二号から第五号にかけて連載された秋月女史「許嫁の縁」がその名残の一端であると見ている。本作は、親からの「壓制結婚」と自由意志の間で葛藤する「今の教育を受けた」ヒロインの決意と大団円を描いた作品である。「北海道毎日新聞」を初出とする本作が、改めて創刊間もない『都の花』に再掲載されたことに注目することで、「許嫁の縁」と『都の花』双方を女子教育作品・雑誌として位置付けることが可能になるのではないか。
こうした創刊までの変遷、「許嫁の縁」の掲載、実質的な主幹であった美妙と女子教育雑誌との関わりを踏まえ、小説雑誌の『都の花』に女子教育雑誌としての性格を見出し、その性質について考察を行うことが本発表の目的である。

口絵・挿絵が語るもの
──『文芸倶楽部』初期掲載作に於ける口絵・挿絵等の諸問題──
峯村 至津子

初出誌に見られる小説を彩る様々な絵。出口智之氏の一連の研究などにより、明治中後期頃まで、小説作者による挿絵・口絵への指示が江戸時代以来の慣習にそってなされていたことが、近年改めて意識されるようになってきた。但し作者による下絵・絵組が残存しない場合、指示の有無やその実態の検証について、方法が確立されているとは言い難い。今回博文館『文芸倶楽部』初期の諸作を例として、巻頭小説に付された木版口絵に挿絵や内題付随のカット画も併せて、明治二十八~二十九年にかけての様相を概観し、それらと小説本文・草稿とを綿密に対照して、作者からの指示が出された時期や指示の程度を考証する。
従来注目度が低いタイトルカットは、題名のみから推測して描いたためか小説の内容と懸隔のあるもの(大橋乙羽「世話女房」等)、題名からは推測困難な作品の重要なモチーフが一部含まれているもの(田澤稲舟「医学修業」等)の他、小説の内容とは無関係ながらも題名の言葉の語誌を知らないと描けないものなどがあり、作者の関与や絵師の作品理解の程度を窺うのに有益な材料であると言える。
口絵は、構想の最終段階での作者の指示が確実でありながら本文との重大な齟齬が存在する武内桂舟筆、川上眉山「大さかづき」や、当時酷評された小説の趣意や人物造形を作者の意向に沿って捉えている三島蕉窓筆、一葉「われから」など、多様な例を検討する。小説の流通に於いて絵が果たした役割や作家たちの絵に対する意識を窺い、絵への着目が文学研究に何を齎すのか、問題提起を試みる。

宮本百合子「乳房」論
──ひろ子とタミノの女性意識を中心に──
鄧 雅純

1935年の『中央公論』4月号に発表された「乳房」は、無産者託児所に於ける保母が育児と無産者運動を同時に行う生活を如実に描写した。同時代では、「退屈」「心理的なヤマがない」という評価が寄せられたが、プロレタリア文学の中で、無産者保母を主題とする数少ない作品として軽視すべきではないという好評もあった。近年、ジェンダーやフェミニズムの視点による新たな解釈が出て、一定の成果を収めている。しかしながら、保母という職務の小説に於ける捉えられ方や主要人物であるひろ子及びタミノのキャラクター造形、内面の変化については十分な分析が施されていない。
本発表では、主要人物であるひろ子とタミノがどのような女性意識を抱いているかを中心に考察を進める。無産者託児所で働いている彼女たちが、積極的に無産者運動を応援する一方、近隣や家主、さらに運動内部の同志たちに差別視される場面は小説に散在している。本発表は、まず〈 保母 〉という職務が無産者運動に於いて果たしていた重要性を説明する。続いて、小説に描かれた女性や保母への差別描写を整理し、ひろ子とタミノが差別に向ける受け止め方の相違を浮び上がらせる。その相違から二人の女性意識──自分の能力への認識や〈 保母 〉という仕事に対する価値づけ──の差異が見えてくる。また、当時の無産者運動に於ける女性に対する差別問題(とりわけハウスキーパー問題)を取り上げ、同時代的な文脈を踏まえながら、ひろ子とタミノは女性として、その差別にどのように抵抗していたかを検討する。そして、彼女たちの抵抗的な姿が持つ意義と限界を明らかにする。以上の分析を通じて、作品名である「乳房」に新しい解釈を試みる。

石川淳『六道遊行』論
──過去と現在の交点をめぐって──
吉田 拓也

石川淳の小説「六道遊行」(『すばる』1981・6~82・12)は、孝謙・称徳天皇や道鏡らが登場する天平期を舞台の一つとし、架空の人物である小楯が歴史の裏側で暗躍する作品である。また、本作には小楯がもう一つの舞台である「現代」にタイム・スリップするという趣向がある。
先行研究では、小楯と彼が行動する天平期の分析に比重が置かれている。対して、彼が真玉という女性とその子玉丸の行く末を見つめる「現代」についての先行論は少ない。たしかに「母子関係の病理」などを見出して部分的に論じる向きや、過去と現在の関係を「ない交ぜ」だとして概括する論はある。だが、「現代」では小楯が主に傍観者としてしか存在しないこともあり、具体的な関連性を論じるものはほぼない。
このように、先行論では小楯を分析するために天平期ばかりが論じられていた。しかし、「六道遊行」を論じるには、そもそも天平期の歴史叙述を行う際になぜ「現代」が必要だったのかということも問う必要があるのではないか。
そのため、本発表ではまず「現代」の登場人物である浦見大造の分析を行い、過去と現在の共通点として陰謀論的想像力が働いていることを指摘する。それを踏まえ、天平期において小楯が求める「呪法」というテクスト上の謎について、天平期と関連させて考察する。そうした作業を通じて「現代」という同時代とテクストとの関わりを析出し、石川のテーマとして頻出する「革命」との接続を試みる。以上の分析を行い、「現代」と過去との、部分的でも概括でもない関連性を指摘し、「六道遊行」が歴史小説-叙述を問いなおす作品であることを明らかにしたい。

関西支部機関誌『関西近代文学』告知

第5号への投稿を5月締切で募集しましたが、掲載できる論文がありませんでした。そのため、11月締切の投稿論文掲載予定誌を第5号とします。

「2号続けて論文を投稿することはできない」という投稿規定がありますが、今回は実質的に1号空いていますので、第4号に投稿された方の投稿も可能です。

 

2025年9月 編集委員会

【重要・〆切延長】自由発表・パネル発表募集:2025年度日本近代文学会関西支部秋季大会

日本近代文学会関西支部では、
11月8日(土)に開催される秋季大会の自由発表・パネル発表の募集締め切りを
7月5日(土)までとしておりましたが、
7月20日(日)まで延長いたします

開 催 日 :2025年11月8日(土)
会  場 :関西大学
開催形態 :会場校開催(対面形式)
応募締切 :2025年7月20日(日)
(会場、開催形態については予定です。)
自由発表
●募集人数   若干名
●発表時間   30分程度
●応募情報   発表題目
        発表要旨(600字程度)
          ※(応募段階における)結論までを書いてください。
        氏名・所属・メールアドレス・電話番号
パネル発表
●募集数    若干数
        ※グループ内の発表者数は企画者に一任いたしますが、
        必ず関西支部会員を1名以上入れてください。
●時間枠    2時間程度
        ※質疑応答を含めた時間配分は、企画者に一任いたします。
●応募情報   発表題目
        趣旨文(1,000~1,500字)
        登壇者全員の氏名・所属、発表における役割分担
            責任者のメールアドレス・電話番号

下記の住所もしくはメールアドレスまでお送りください。

【送付先】
〒604-0856 京都市中京区西ノ京壺ノ内町8-1
花園大学文学部 高橋啓太研究室内
日本近代文学会関西支部事務局
kindaikansai_@_gmail.com
( _@_ を @ に変えてお送りください)

※ご不明な点がございましたら、事務局までお問い合わせください。