夏目漱石「一夜」の方法 ――「春鳥集合評」を視座に―― 樋口 希
夏目漱石「一夜」(『中央公論』明治三八・九)の研究史は、登場人物の「人生」をくみとり、作品の実験性を議論することで、剣菱「芸苑時評」(『読売新聞』同・九・七)、中島孤島「片々録」(『早稲田学報』同・一〇)の「分らず」という批評に応答してきた。だが、その評言の内容自体は充分に検討されていない。そこでは本作が、上田敏ほか「春鳥集合評」(『明星』同・九)を仲立に、日本初の象徴詩集とされた蒲原有明『春鳥集』(本郷書院、同・七)と結ばれていたのである。「自序」にて「詩形の研究」を強調する『春鳥集』との接点は、本作の実験性を同時代的に意味づける際、重要な補助線となる。
本発表はこの問題意識から、まず『春鳥集』をめぐる言説空間に「春鳥集合評」を位置づけ、そこから「一夜」の実験性を捉え返す。当の合評は、詩の内容が象徴する詩想の解釈を重視する立場から批判された一方、「詩形の研究」を正しく指摘する。合評で言われた、活字の配列を音読から切離する「詩形」は、発話者を不明瞭に示す「一夜」の表現形式と重なる。しかも、作品を「書いた」という末尾の反復は、文字を読む場として読者を構築する。本作では、言葉の意味内容を統合すべき声の主体から読者を隔離する形式により、「人生」の内容でなく、それとの対峙が読書体験として表現されているのだと考えられる。本発表は、このような「一夜」の方法が、内容にばかり固執していた当時の言説空間を相対化していたと結論する。
芥川龍之介「大導寺信輔の半生」論 ――読書遍歴と回想行為にみる語りの戦略―― 王 青
芥川龍之介「大導寺信輔の半生」(「中央公論」一九二五・一)は三十歳を過ぎた大導寺信輔が、断片的に過去を回想する形式で展開される。〈自伝〉とは距離を置きつつ、〈自伝的小説〉としての虚構性が論じられてきたほか、「典型的近代知識人の形成を語った自画像」(奥野久美子、二〇一四・七)としても位置づけられてきた。一方で、作中で言及される書物・作品名・概念語が回想の配列や自己像の構成において果たす機能は、なお十分に検討されていない。
作中の書物や概念語は、単なる衒学的要素としてのみではなく、回想を配列し自己像を組み立てるための叙述上の装置として捉えうる。とりわけ、自筆原稿と初出とのあいだには、「貴族の家」を「猟人日記」に改める、「ヘツダを」を「ユウディットを」に改めたのち削除する、「純粋持続」を「創造的進化」に改めるなどの異同が見られる。こうした取捨選択は、芥川自身の読書経験との照応を示すとともに、回想形式のもとで作品を構成するために選び取られた叙述上の手法としても検討できる。
本発表では「大導寺信輔の半生」で言及される書物・作品名・概念語を章ごとに整理し、回想行為との結びつきを具体的に追跡する。あわせて、原稿と初出の異同点を手がかりに、読書遍歴の提示と概念語の選択が作品全体の自己像構築に果たす役割を明らかにし、語りの戦略を再検討する。
久山秀子「隼お秀」シリーズと女性表象 ──ひろ子とタミノの女性意識を中心に── 阿部 有希
久山秀子は、おもに『新青年』上で活躍していた探偵小説作家の一人である。代表作は「隼お秀」シリーズという女掏摸・お秀が主人公兼語り手の探偵小説シリーズであり、久山秀子=お秀の「自叙伝(じつわ)」の体をとっている。しかし、久山は本名を芳村升(改名前は片山升)という男性であった。
久山の作品の研究は現代までほとんどなされていない。久山が戦前に「隼お秀」シリーズに幕を引いたことなどから、探偵小説ジャンルの研究対象として特段注目されてこなかったと考えられる。
しかし掲載当時は久山の作品は人気を博しており、映画化もされた。女性の存在感が希薄であるという言説が見られる戦前の探偵小説の中で「例外的に自立した」女性でありながらも、文学に表象される宿命として「記号化された「女性」」でもあるお秀は、特異な存在であったといえよう。そんな彼女が作品内にどのように立ち現れるかという点を改めて分析することは、女性性やジェンダーの問題を再考する契機にもなると考える。
「隼お秀」シリーズでは、小説の設定が映画で改変され、それを受けて小説の設定も映画に寄せる、所謂「逆輸入」と呼ばれるメディアミックスの先駆けのような要素が見られる。それはお秀の恋の様子などに顕著に見られ、大正期に流行したモダン・ガールや、女学生同士の親密な関係を表すエスなどの要素と深く関係していることが指摘できる。
本研究では、「隼お秀」シリーズやその周辺を分析することで、探偵小説というジャンルにおける文化表象や女性表象の生成と変容を明らかにし、大正期のメディア文化における女性へのまなざしを考察したい。その上で、久山秀子という作家の特異性と研究を進めていく意義を提起することを試みる。
江戸川乱歩「孤島の鬼」に登場する岩屋島のモデルについて 宮本 和歌子
江戸川乱歩が昭和4年(1929)から昭和5年(1930)にかけて雑誌『朝日』誌上に連載した「孤島の鬼」では、岩屋島という紀州の離れ島を舞台に主人公の青年と年長の友人・諸戸の冒険が繰り広げられる。岩屋島は諸戸の実家がある故郷という設定で、作中では位置について紀州という説明が多く、一か所のみ和歌山という表現がなされ、紀州の南端のKという漁港から船で西へ行った浜辺から一里沖に浮かぶ島と説明されている。Kという中継ぎ港については、紀伊半島南端付近にある串本や古座を連想させるという指摘がある。
しかし、Kから西へ行った場所にあるという岩屋島へ行くため、主人公たちは東京から鳥羽までは鉄道を利用している。この場合、京都や大阪へ至る東海道線を用いて名古屋で下車し鳥羽へ至ることになるが、鳥羽からは船を利用して岩屋島へたどり着いている。Kが串本や古座であるとすると、鳥羽経由ではなく鉄道で大阪まで出て南海鉄道で和歌山へ行き、和歌山から船で到達した方がはるかに利便性が高い。作中で確かに和歌山県と書かれている場所があるといえ、前述の到達経路の点、鳥羽という固有名詞を挙げておきながら岩屋島への中継地をKとイニシャルにしている点から、岩屋島は和歌山県に実在する場所というより、紀伊半島のどこかを想起させる架空の島ととらえた方がよいのではないか。
これを踏まえて紀伊半島沿岸を探すと、海賊の根城となっていた、波に削られた洞窟がある、牛の寝たような岬が見えるという岩屋島の特徴に一致する、船でないと到達できない奇勝を旧紀伊国内に発見できる。鳥羽からのアクセスや同地の伝説を検証し、紀州の端にあるという設定の岩屋島のモデルが同地ではないかとして検証を行う。
北原白秋「海道東征」論 ――不透明なメディウムの〈声〉を聴くこと 川上 優芽
北原白秋の「海道東征」は、皇紀二千六百年記念奉祝芸能祭のため、日本文化中央聯盟の委嘱によって1939年に制作された。信時潔の作曲による、全八章の交響曲詩篇である。いわゆる神武東征に取材する本詩は『古事記』『日本書紀』から多く措辞を借りており、国文学者の風巻景次郎がこれに『海道東征註』(1943)を付した。白秋生前最後の詩集『新頌』(1940)に収められる本詩は末尾に「八紘《あめのした》一《ひと》つ宇《いへ》とぞ」という一行を配するように、「大《おほ》御軍《みいくさ》」を正当化する時局詩であり、風巻の註釈もその側面を補強している。
一方で、船謡調の第四章には記紀のほか『出雲国風土記』からの引用が含まれている。また、童謡を含む第五章では「国つ神」の登場に際して本詩中唯一の受動態が用いられていることに加え、「未だ確説はない」(風巻)と注釈される「足一騰宮《あしひとつあがりのみや》」の語が読まれる。
本発表ではこのような、「海道東征」中盤で用いられる位相の異なる語に注目し、白秋が1920年代の民謡論の中で持ち出した「階級語」の概念から分析する。異なる「階級語」の下に服した言葉は、「皇孫領《すめみまし》らす」という敬体の能動態をとることによって、本来は受動的位置に置かれるはずの主体が統語的に消去されるが、その主体喪失の表現もまた受動性を示していることを確認したい。語義を註釈し得ない被征服者の言葉が、〈八紘一宇〉という疎通可能なスローガンに服す過程それ自体を留めた本詩は、時局詩を「巫女の声」(鶴岡善久)とする従来の見方にも再検討を促すだろう。「海道東征」においては、いわば生活者と語彙を共有する巫女自身の声が問われている。
レコードによって流通した本作は、意味を把握し得ないために「呪術的な眩惑」(谷川俊太郎)をもたらす音としても聴かれた。「海道東征」の聴取体験は、スローガンが『風土記』の言葉を征服するという字義的な読解を裏返す形で、むしろ註釈不可能な被征服者の言葉を前景化する。本発表では、被征服者の言葉の使用こそが白秋の一貫した詩法であり、「海道東征」の中ではそれが聴取と結びつく形で実現化していることを明らかにする。
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野坂昭如『アメリカひじき』論 ――「大阪ことば」を中心に―― エイムン・ニコラス デイビッド
野坂昭如の「アメリカひじき」(『別冊文藝春秋』1967年9月)は「火垂るの墓」と共に昭和42年度下半期に直木賞を受賞した作品である。受賞の際の選評では11人中7人がその文体に注目し、なかでも海音寺潮五郎は、その「独特な文体」を「大阪ことば」に結び付けていた。ところが、その後に書かれた多くの「アメリカひじき」論では「大阪ことば」が重視されてこなかった。私見ではその結果、作品の分析が不十分になっていると思われる。
作中では、ハワイで妻と息子を世話してくれたヒギンズ夫妻を三日にわたって日本に迎えた、俊夫の内面的な葛藤が描かれている。「大阪ことば」に注目した例外的な先行研究に、マイク・モラスキーの論(『占領の記憶 記憶の占領-戦後沖縄・日本とアメリカ』岩波書店2018年7月)がある。モラスキー論では占領記憶に関する対立項のひとつとして、大阪ことばが標準語との対立として捉える。本論は、物語構造のための機能だけではなく、その物語のテーマを展開させる表象的機能を担うものとして、「大阪ことば」に注目する。また、ヒギンズに接触した俊夫には敗戦と占領時代で経験した屈辱によるトラウマが再現されていると論じた五十嵐惠邦の論(『敗戦の記憶:身体・文化・物語1945-1970』中央公論新社2007年12月)を受け継ぎ、本論では、占領記憶に囚われている俊夫のトラウマによる精神現象などが、「大阪ことば」や標準語による言語的混交性にも表象されているとみる。結論としては、そのような言語的混交性が、俊夫のトラウマの「再現」ではなく、あえてそのトラウマとの向き合いの進展を表象していることを明らかにしたい。